ユダヤの知恵とパターンの話

ユダヤ人は数字に強いと言われます。
これについて「お金に細かい」「請求が厳格」のような、お金への執着のように捉える向きがあるのですが、
これは間違ってはいないまでも、正確ではありません。

 

ユダヤ人が数字が強い、その目的はお金を稼ぐという矮小な目的ではなく、
物事の座標軸を認識し、そのパターンを把握し、適切な判断を重ねて足場を築き、発展的に生きていくことが目的です。
いってみれば、ユダヤ人が数字に強い理由は、世界を把握するためともいえます。

 

ユダヤ人は、例えば「暑いね」という話を聞くとそれは気温何度なのか?と数字を確認します。
こうしてその数字を知ることによって気温何度のときに何が起こり、人がどういう行動をとるのか?それをよくよく観察し、それを数字と共に捉えることによってパターンを認識することができる。
数字を確認するのは、パターンを認識するためです。

 

そんなことになんの意味があるのか?
という人は、パターンの重要性を知らない人です。

 

前に書いたことがありますが、
世の中は同じことが繰り返し起こるパターンの積み重ねによって出来ています。
よって、パターンを知れば知るほど世の中の仕組みを知ることができ、世の中がどう動くのかを知ることができる。
結果として、そうしたパターンを知らない人たちに対して優位に立つことができます。

 

算命学は、そうしたパターンを体系化した学問の一つですが、
世界の賢い人たち(≒上層階級)は、算命学に限らず、こうしたパターンをよくよく認識しています。
間違っても、自分だけは特別にパターンを破ることができるなどと思ったりすることはなく、そのパターンを生かし活用します。

 

賢い人たちが「こうだ」と断じることについて、
賢くない人たちが「なぜそんなことが言い切れるのか?」と食ってかかる、あるいは「そんなわけがない」と嘲笑し、
その後、賢い人たちが指摘した通りにモノゴトが展開していく、という映画やドラマの一場面はよくありますが、
これもパターンを知る人と知らない人の典型的なやり取りの一つ。

 

ちなみに、
認識するパターンが増えれば増えるほど、これから起こることを予見できるようになります。
また、パターンを知れば知るほど、身の回りに起こることに納得できるようにもなります。
例えば算命学などの知識を知らなくても、現状をつぶさに観察することによってその後の展開や結果を言い当てることが出来たりする、そんな感じです。

 

ただ、こうしたパターンは、
自然の摂理に則ったパターン、
森羅万象の仕組み、
普遍的な真理に基づくパターン、
なので、必ずしも、
学校で習ったことや、
新聞に書かれていること、
あるいは「こうあるべき」と言われる社会規範とは一致しないものでもあります。

 

よって、
あまり賢くはない人たちを相手にこうしたパターンの知見に基づくことを伝えた場合、面倒な言いがかりや論争をふっかけられることがありますが、
そんな場合は、素通りするか、できるなら関係を絶ってしまった方が安全かもしれません。

 

目が啓かれると世界が変わるといいますが、
変わった世界へ向かいたい場合(目が啓けばそれが普通です)、
それまでの世界観から離れたほうが、自分にとっても相手にとっても幸せです。

 

世の中に本音と建前があるように、
本当のことに基づく生き方と、
「常識」に基づく生き方があります。

どちらが正しいかは別にして、
(多分、ある面ではどちらも正しい)
両者は相容れないので、
それと認識して使い分けるか、
それが出来なければ離れる、という選択が必要になります。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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