人間関係のカタチと損失をもたらす関係

安心安全な人間関係、
というのがあります。

 

一緒にいると安心する、
本音で話せる、
元気になる、
リラックスできる、など。

 

この反対は、
警戒感が拭えない、
一緒にいると疲れる、
やる気がなくなる、
言葉が浮いていて信用できない、など。

 

前者が安心安全だとすると、
後者は不穏でリスキーな人間関係ということになります。

安心安全な人間関係は、
安心できて元気になるということについては簡単に納得いただけると思うのですが、
信用できない、疲れる人間関係が、
「リスキー」だと認識している人はあまりいないかもしれません。

「あまり心地よくない人間関係」
「不快な人間関係」
とは認識していても、
それが「危険」とまで認識する人は少ないように思います。

 

しかし、
実際のところ、そうした人間関係は、
文字通り「危険」で、
過去の不快な人間関係が何をもたらしたのか、丁寧に振り返り、吟味してみれば、
それらは終局的には
現実的な損失や損害、
大切なものの喪失、別離、
アクシデントなどにつながるものであったことに気づくだろうと思います。

 

関係にはカタチがあります。
そのカタチはその人間関係固有のカタチで、
その関係によって抱く気分や起こる出来事というのは、
どんなことであれ、
その固有のカタチと同じカタチのもの、
そのカタチの相似形になります。

分かりにくいので別の書き方をすると、

その関係固有のカタチの相似形が、
その人間関係に関するあらゆることについてまわる、
ということです。

 

よって、
例えば「この人ちょっと変だな」
と誰かに対して感じた場合、
たとえその「変だな」に合理的で人に説明できる根拠がなかったとしても、
その関係から生じるつながりや出来事というのは、その「変だな」という感覚と同じカタチを持つものになります。

 

つまるところ、
自分にとって不快な人間関係、リスキーな人間関係をキープすることは、
自分の生活の中に「危険」を留置するに等しいということです。

 

このカタチは、大抵の場合初めて会ったときに分かります。

あ、これは合わないカタチだ。とか、
あ、これは心地よいフィット感だ。とか。

 

渋沢栄一の『論語と算盤』に紹介されている人物観察法においても、
第一印象は多くの場合、間違いがないとありますが、
実際、最初に感じたカタチが多くの場合、正しいです。

知り合っていくうちに、
しがらみやら利害関係やらが出来ていき、
第一印象で「ダメなカタチ」だと思ったのにズルズルと行ってしまったりするものなので、
出来るならば、「これはダメなカタチ」と思った時点で全力で逃げるのが良いのではないかな、と思います。

 

ちなみに、「カタチ」というのは、
算命学的にいえば「五行の気の構成」のことです。

人間の五行の気の構成は、その生まれた生年月日の五行の気の構成ですが、
人間関係の五行の気の構成は、
自分と相手の五行の気の構成によります。

そう書くと、その時点で「分からない!」と思われそうなので、
「カタチ」と書いてみました。

 

先日、世の中は同じ出来事が繰り返し起こると書きましたが、
人間関係においては、そのカタチ(五行の気の構成、感じ方や関係性)が変わることはありません。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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