顔真卿展と道教

念願の顔真卿展に行ってまいりました。
副題は『王羲之を超えた名筆』。
確かに、名筆の筆頭は王羲之の「蘭亭序」。
しかし楷書や明朝体を見慣れた日本人的には、顔真卿のほうが心に響きやすく、美しさを感じやすいように思います。

面白かったのは、
夏から漢までの祭祀や歴史が伝えられる書がずらりと並び、
書展ではあるものの、その多くが道教四書五経、仏典、経典であったこと。

他にも唐玄宗皇帝の孝経、則天武后王羲之の筆の流れを受けて書いた書や、荘子の写本の天運編などもありました。
そしてとりわけ感激したのは、
その中でも、王羲之顔真卿が特に傾倒していたのが道教であったことです。

言わずと知れたことですが、
算命学の源流は道教にあります。
道教は割と現世利益に寄った処世術に近い内容なので、官職にあった彼らにとってそれを文字にしたためながら教えを心に刻んでいたのかな?
など考えました。

顔真卿は美しく柔らかく大らかで安定感のある文字を書く人ですが、その人となりは剛直。
それが災いし、26歳で進士に及第するも、左遷を繰り返した人でした。
11年に及ぶ左遷による地方行脚、その間、道教や仏教に心を傾け、悠然と自然を愛でながら多くの作品を残したそう。
ちなみに、晩年もあちこち左遷された挙句に殺されてしまいます。

そのことを思うに、濁星がたくさんあり、さらに刻線もたくさんあった動乱の宿命の人であったのだろうと推察されますが、
その動乱の人生の中にもこうした美しい書を残し、思想に傾倒する心を持っていたことに奥行き深い人柄が感じられ、
そうした生き方もあるのだな、と感じ入りました。

 

ちなみに、
この書展には王羲之の書やその拓本も数多く展示されていたのですが、
その中に犬養毅が明治期に中国から持ち帰ったとされる王羲之の拓本というのがありました。
私の産土神社には、犬養毅元首相揮毫による注連柱があるのですが、そこにも少しご縁を感じ、嬉しく思いました。

※写真はこれだけ撮影オッケーな作品

そして寒桜が綺麗でした。

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Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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