東洋史観による「人を選ぶ」

運が上昇している時の友人知人と、
下落しているときの友人知人というのは異なります。

第六感で「イヤだな」という友人知人は、
情に負けることなく距離を置くことが大事です。

 

例えば配偶者の友人知人で「ちょっとどうかな」という人がいる場合、
一般的には配偶者の友人知人にまで口出しをする妻は悪妻と言われたりしますが、
実際には客観的にリスクのある人間関係にアラームを鳴らす良妻であったりします。

 

これは医者の選び方でも同じです。
なんとなく「イヤだな」と感じる病院や医者には身をまかせるべきではないし、
コンサルタントなどでも、イヤな感じがする人は使うべきではありません。

 

学校や会社などでも同じです。
いくら偏差値が高い名門校でも、学園祭などに行ってみて違和感を感じるとか圧迫感を感じるような学校は、おそらく合わない学校ですし、
いくら伸びている会社であっても、どこかだらしなさを感じる会社というのは入った後で困難さを感じることになりがちです。

 

「第六感で判断したこと」
というのは、多くの場合、まわりからは我儘だとか自分勝手だとかいう誹りを受けたりしますが、
そういうことに惑わされることなく思いを貫くことが大事です。

 

一般的にダメな扱いを受ける性質として、
「神経質」とか「寡黙」とか「我儘」というのがありますが、
実はこれは成功者の三要素であるともいえます。

 

神経質であるということは、
わずかの変化に目ざとく気づき、
細かいことへの観察力に優れた人であり、
周囲をよくみている人であるということです。
出世をするのは世の中や人の変化に敏い人であるということを考えれば、神経質というのは凡人から見れば不快な性質かもしれませんが、成功者には不可欠の資質です。

 

寡黙な人であるということ、
外では賑やかなのに家に帰ると黙り込むような人というのは、外に向ける顔をうまく演出し、内では戦略を練っている人です。
物事を深く考察し吟味しているからこそ内では寡黙になり黙り込みます。
人の上に立つ人は孤独であり、沈思黙考して自らの在り方を構築します。
凡人からみれ、家庭をおろそかにする夫であると感じるかもしれませんが、
賢妻であればその寡黙の意味を推し量り思う存分その時間を取らせてあげる配慮が必要です。

 

自分勝手で我儘な人、子供のような幼稚さというのは大物の一要素です。
その幼稚さ、天真爛漫さが創造性につながり、我儘な人ほど創造的に何かを創り上げ成功者となります。

 

その人の可能性を開かせるなら、
(あるいはその可能性を利用したいなら)
神経質にさせること、
寡黙にまかせること、
我儘を許すことが大事です。

 

おおらかで、
賑やかで、
思いやりに満ちた人、
というのは万人に好かれるかもしれませんが、
万人には好かれても、
その実、鈍く考えが足りない自信のない人であるという見方もできます。

 

もちろん、
そういう世界で生きていくことを志向するならそれはそれで波風を立てない平穏で平凡な人生を送ることができるわけですが、
まぁ大きなことを成すことはおそらく出来ない人です。

 

神経質な人がその鋭いアンテナで感知し発信すること、
寡黙な人が外で口にする重たく価値のある言葉に耳を傾けること、
我儘な人が空気を読まずに描く未来を眺めること、
そうしたことが、実は螺旋を登る人生には必要です。

 

人の付き合う人に壮大に口を出し、
相手によっては貝のように口を閉ざし、
我儘だとよく叱られる自分を自己弁護するような内容になりましたが、
算命学の大家であられる故野島和信先生の東洋史観に関するご講話にあったので、
そのまま記録としてご案内させていただきました。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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