「本気で生きる」ときに求めるべき人間関係について

ちょっと「おこがましい」とお叱りを受けることを覚悟で書きます。

さて、「ロイヤルティ」という言葉があります。
マーケティング業界などでは、
顧客があるブランドや商品、またはサービスに対して感じる「信頼」のことを指しますが、
人間関係でいえば「忠誠心」といわれることもあります。

私は、この「ロイヤルティ」というのを大事にしています。

使うサービスや商品などは、厳しき吟味しますけれど、
一度採用したら、ロイヤルティをもってそのサービスなり商品なり、あるいはそれを提供している会社なりを信頼し、
場合によっては、この上なく見事な「宣伝担当」や「販売担当」のように、そのサービスや商品の素晴らしさをまわりの人に説いてまわったりします。

人間関係においても同様で、
これと思い定めた相手に対しては、ロイヤルティ、つまりは全幅の信頼を寄せて接しますし、その一方で、相手の自分に対するロイヤルティというのも求めます。

よって、私の人間関係というのは決して広くはないですが、
今私の回りにある人間関係というのは、多少の排他性のある堅固な砦に囲まれた、
それでいて、安心と成長、ある種の繁栄を共有できる大切な場所になっています。

ちなみに、この「人間関係」というのは、リアルな人間関係に加えて、公開ブログやnoteにおける人間関係というのも含みます。
きちんと相応の敬意と配慮をもって共に学び成長できる相手という意味では、
リアルでもブログでもnoteでも、等しく私にとっては大切です。

さて、人間関係には四種類あります。(もっとあるかもですが)
①表面的な人間関係
②本音の人間関係
③高め合える人間関係
④社会的影響を与えられる人間関係

このうち、私は①の「表面的な人間関係」というのは、ほとんどありません。
しいて言うなら仕事上の人間関係などはこれにあたるかもしれませんが、
それでも、可能な限り努力して、せめて②の「本音の人間関係」にあげる努力をし、現時点では仕事を含めて「関係」といえる相手とは②の関係を築いていると思います。

そうでなければ「関係」を結ばない、ということです。

次に、②ですが、私の人間関係というのは多くがここに属します。
基本的に本音。
なので、ケンカしたり衝突したりすると、ガッツリ人間関係が壊れることもあります。
それでも、それが「本音」であれば、その壊れた中から何かが生まれることもあり、そうでなくても時がたてば分かり合えることもある。

そこに「本音」がなければ、迷子になるばかりですが、
「本音」があれば、それを道標としてどこかでまたつながることもあるわけで、人間関係というのはせめて「本音」であるべきだろうと思います。

次に③ですが、③というのは、その相手の存在が自分を刺激し、一方で自分が相手に刺激を与えられる存在です。
私が特に親しい、と感じている人というのはここに属します。
「すごいな」と思うこと、「頑張ってるな」と感じること、そういうことが、自分自身に焦りを感じさせたり、逆に勇気づけてくれたりする、
そういう関係というのは、お互いを高め合えるという意味でとても有意義だと思います。

最後に④ですが、
私自身がまだ「社会的影響を与える」というステージにないのですが、
それでも、目指すところは「東洋思想の復権」にあり、算命学を含め、古代より日本人が尊んできた東洋思想を日本人が再発見し、改めて活用する社会を目指している、という意味では、「社会的影響を与える」ことを目指していて、
実際に、社会的影響を与えている人たちのそばで、その在り方を学ばせていただいています。

さて、なんでこういうことを書いたかといえば、
「宿命通りに生きる」というのは「全き自分を生きる」ということであり、その場合には、①の表面的な人間関係の入り込む余地はなく、
「宿命通りの生き方」をもって自分に与えられた役割を生きるなら、②の本音の人間関係というのでは足りず、
「宿命通りの生き方」の延長線上にある「社会的使命を果たす」ことを目指すなら、③の高め合える人間関係を経て、④の社会的影響を与えられる関係に向かわねばならないのだろうということを言いたかったためです。

楽しく飲むとか、憂さ晴らしをするとかいうのであれば、①でも②でも良いと思うのです。
けれど、
人間関係を有意のものとし、自分自身が生き生きと、そして世の中の役に立つ生き方を目指すなら、
せめて③、できれば④を目指すべきであり、

そしてここで冒頭の「ロイヤルティ」というワードに戻るのですが、
その③や④の人間関係を目指すなら、そこにはロイヤルティがなければならないだろうと考えます。

ロイヤルティを求めるというのは、ある面では狭量であるとのそしりを免れない面もあるのですが、
それでも、「本気」なら、そうあるべきではないか、と思うわけです。

「自由を与えよ、然らずんば死を!」
というのは、イギリスからの独立を唱える演説におけるパトリック・ヘンリーの言葉ですが、本気で何かを目指すなら、その覚悟が必要であろうと思います。

もちろん、すべてにおいてそういうソリッドな人間関係である必要はないわけですが、
何か目指すものをもって築く人間関係というのは、相応にソリッドであるべきであろうと思います。

ちなみに、たまに、①②の在り方をもって、③④の人間関係を求める人がいます。
特に、社会経験が浅いような人にそういう人が多いですが、
これは、そもそもの自分の信用を損ない、長年築いてきたはずの自分の立場を回復不能なまでに危うくすることもあるので、気を付けたほうが良いように思います。

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