宿命中殺のある人の生き方

何度か書いていますが、
私のまわりは本当に宿命中殺のある人が多くいます。
このところ、身近な人の命式を拝見するようになりましたが、親しい人を取り上げれば、その宿命中殺のある割合はたぶん8割以上。
仲の良い人同士の命式を拝見すると、命式がとても似ているものですが、
私に宿命中殺があるので、同じ宿命中殺のある人に惹かれるのかもしれません。
(ちなみに、宿命中殺がなくて惹かれる人や親しい人は日干が干合しているとか、同じ天中殺の人とかです。)

宿命中殺があるということは、
どこかしらの星が中殺されているということで、中殺された星というのはコントロール不能になるということを先日書きましたが、
これについて補足すると、
中殺された星というのは、自分の意図やビジョンが、個人という枠におさまらない、ということです。
よって、個人的な願望や目的を目指す場合、その星は制御できず、結果として自分の意図と反する結果になりがちです。
一方で、その意図やビジョンが個人の枠を超え、社会的な価値を目指し、世の中で役割を果たすという観点に立った場合には、その星は美しく消化され実現に向かうように思います。

枠のない世界観は、枠の中にあっては歪み、枠のない世界を得てはじめてバランスするのかもしれません。

宿命中殺のある子供は、
社会の子供として育てなさい。
と言われます。
自分の子供としてではなく、
神様からの預かりものとして育てるのが良いとされます。

宿命中殺がある場合、どこかの部分において個人という枠がない状態で生きているので、「個人」として生きようとすると、早晩、違和感を生じ、壁にぶつかります。

感覚として、
「なぜ、人と同じようにできないのか?」
「なぜ、‘普通’であることに価値を見出せないのか?」
というものを、常に抱くことになります。

よって、宿命中殺のあるひとは、社会の子として社会において役割を果たすことを目指すことが望まれます。
そうして個人の欲求を淘汰し、社会における価値や役割に向かって初めて平穏を得られるともいえます。

家族というのは自分を守ってくれる一つの枠ですが、
中殺は枠のない状態であるため、
宿命中殺がある場合は、家族という枠を早い段階で離れるのが良いとされます。

羽生結弦選手には宿命中殺がありますが、
彼が大震災を経て実家を離れ、「仙台のために」という役割を得て大きな飛躍をしたのは周知のとおり。

宿命中殺のある人は、
自己主張をしないほうがいいとか、
自分の利益を目指して転職しないほうがいいとかいわれます。
それが個人的な欲求や願望である限り、多くの場合、意図しない方向に向かってしまうため、「生きにくい」とか「苦労が多い」と言われたりするのですが、
これが社会的な価値や世の中での役割を果たす場合には、とても健やかに在ることができるように思います。

苦しいとされる宿命中殺ですが、
私のまわりにいる人たちは本当に生き生きと健やかにおられます。
彼らの共通項は、
「地域のために」「社会のために」「世の中のために」何かの活動をしているということ。
「自分のために」とか「家族のために」、あるいは「会社のために」活動されていたりもしますが、その過程において「世の中のために」という基準に反することがあった場合においても、個人的な事情によって何かを歪めることのない人たちです。

そんな人たちを見ていて思うに、
宿命中殺のある人は、
枠のない世界、世の中とか社会というフィールドでどんな役割を果たせるか?
という視点を持つと良いのだろうと考えています。

これらは、必ずしも教科書になく、また先生から教えていただいたものでもないので、正しいかどうかはまだ検証中ですが、
ここ数日で確信に近いものを感じ、
私自身の指針として参考にしようと思ったりもしたので、ここでご案内しておきます。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

4 件のコメント

  • いつもありがとうございます。
    そんな事は自分で決めなさいと言われるのは承知で質問があります。
    私はご存知の通り、生年天中殺、日居天中殺があるのですが、今実家で生活しています。
    まだ離婚はしていませんが、出戻りで、子供はいろいろあり相手がみています。
    母は去年亡くなり、今は父と2人暮らしです。父は生年日全部宿命中殺があり、今は戌亥天中殺期間です。だからいるようでいないような存在です。経済的には頼ってますが、精神的には子供の時から頼れません。
    今はいろいろと事情があり、実家に居ます。やはり将来的に実家は出た方が宿命が稼働するのでしょうか?
    ちなみに子供も宿命中殺があります。

  • こんばんは。
    宿命を横においてまずお答えします。
    お母様が昨年他界され、別居もされ、お父様とお過ごしたこのこと。
    おそらく混乱の最中におられることと思います。
    そういう時期は、無理をせず、気持ちのままに過ごされるのが良いように思います。
    宿命を光らせること、陽転させることが正しいとは限りません。
    むしろ、普通に生きるなら敢えて光らせないほうが平穏なという考え方もあります。
    良いことと悪いことは、同じ分だけ起こるものなので、大きな良いことがあれば大きなつらいこともあります。
    私は父が他界してしばらく放心していましたが、その中で東洋思想を学ぶようになりました。父の死の意味をそこに感じています。
    お母様の他界、一緒に過ごされているお父様、離れているお子様、場合によっては旦那様のことも思いを巡らせて過ごされても良いように思います。
    生年中殺は親の作る枠を離れて大きな世界に出ることで開く宿命と思いますが、お父様の存在が枠にならず、自分が自由にいられるのであれば、実家にいても良いという考え方もありますが、
    強化の通りでいうなら、実家を出て、自分のお金で生活したほうが良いようです。
    たとえアルバイト程度のお金であっても自分で稼ぎ、四畳一間の部屋であっても親を離れて稼働するといわれますね。
    私自身、生月中殺がありますが、実家を出てから稼働した感じはあります。
    ただそれも、無理にというより自然にそうしたきっかけがあったから実家を出ただけです。
    結婚されているということは、一度は実家を出られたのだと思うのですが、そのときの様子はいかがでしたか?
    急がず、少し自分の人生を振り返りながら命式を眺めると見えてくることがあるかもしれません。
    大運とセットでみるとよりはっきりわかったりします。
    見方がわからなければ、また聞いてください(^ ^)

  • ありがとうございます。
    無理せず、ゆっくり考えていこうと思います。結婚生活は大変でしたが、実家にいる時より自由な感じがしました。でも結果別居になり、いずれは離婚になると思います。多分今年西が天刻地冲もあるので、そんな気がします。
    子供はとれるか分かりませんが、どっちにしろ離婚したら実家を出ようかなと考えているところです。
    アルバイトくらいの収入でもなんとかやっていけるのかなと勇気がでました。
    母が亡くなってすごく寂しいのですが、なんか自由になった気もして。バチが当たるかもですが、母にはいろいろ頼っていたけどなんか通い合わないところもあって、生年中殺だからかなと今は思います。
    大運との関係もゆっくりみてみます。
    また何かあったら質問させて下さい。
    ありがとうございます。

  • 応援しています!
    いくつか誤字がありごめんなさい。
    「教科書通り」と書いたつもりでした。
    宿命中殺のあるひとは枠のないところで思い切って生きると伸び伸びといられるように思います。
    命を取られるのでなければ、世間体とか常識を離れて考えてもよさそうですね(^ ^)

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