「盛る」ことの注意点について

Facebookで書いていることとか、
場合によっては直接お話ししていることでも、
話を盛っているひとというのがけっこういます。
SNSってそういうものでしょう?」
という考え方もありますし、
商売上の戦略としてそういう選択をされる方も多いと思うのですが、
あまり健やかなことにはならないので、訊かれたら、やめたほうがいいですよ、と伝えます。

訊かれなければ、
触れずに適当に話を合わせますが、
まぁある程度モノゴトを読める人なら、どの程度盛っているか、
あるいはその人の本質的な力量がどの程度かというのは、指摘しないまでも分かっているものです。
よって、いわゆる「庶民」(物事の本質を見抜けない普通の人)を相手にするのであれば盛ることも有効かもしれませんが、
そうでなければ、あまりカッコよく映らないので、やはりやめたほうが良いように思います。

「盛る」というのは、
結局のところ「本質を偽る」ということなので、
自分の本来の気から逸れます。
よって、
自然体であれば出会えたはずの人と出会えなくなったり、
出会えたとしても仲良くなれなかったりします。
もともと恩恵を得ていた「先祖の徳」の恩恵を得られなくなったりもします。

まだ盛りが少なければ、ちょっと振り返るとわかると思いますが、
もし既に、たくさん盛ってしまっていたら、気づけないこともありそうです。
なので、
もし気づけたなら、早めに盛るのをやめることをお勧めします。

顔を「盛る」、つまり美容整形なども同様で、美しくなったのに不満多い世界に迷い込んでしまった、というのはよくある話。

大きく道を逸れてしまうと、
本来の道に戻るのに10年単位の月日を要することもありますし、
戻れなくなってしまうこともあるので、注意が必要です。

ちなみに、
「盛る」ことと「ビッグマウス」は似て非なるものです。
「盛る」というのはハリボテで勝負するようなものですが、その裏は表に出さないもの。
一方で「ビッグマウス」という場合、その裏がある程度見えている(見せている)ことが前提なので、
当人が先に未来の自分像を表明し、その上でそこに到達するか近づくための努力なり尽力なりをするものです。
たとえその叩いた大口にたどり着けないとしても、その乖離を縮める努力には意味があり、そういう成長の仕方もあります。

前のめりに生きるにしても、
望まれるのは、「盛る」のではなく「ビッグマウス」であることであるように思います。
もっとも、「ビッグマウス」にも向く命式、向かない命式、タイミングとして適切なときと適切でないときがあります。

逸れてしまったらどうすれば良いか?
ですが、
盛った分だけ徳を積むことです。
盛って得た利益を、別のところで世の中に還元する、
そうしてバランスを取ることで、元の宿命に戻れるかは別にして、大きく崩れることを防ぐことができます。

本来の本質的な自分と異なる自分を表明することは、いろんなものを動かしてしまうので注意が必要なように思います。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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