広くたくさんの人に伝えるときのルール

政治系海外ドラマ『グッドワイフ』の続編で、『グッドファイト』というドラマがありますが、
配役は悪くないのに、脚本・演出が薄っぺらすぎて興ざめです。

『グッドワイフ』を下敷きにしているのはいいのですが、本作品の理解の薄さを感じさせる、表面的な模倣にとどまっていて残念です。

まぁ、目的が「反トランプ」で、そのプロパガンダ用ドラマであると考えれば、
こういう薄っぺらさも致し方ないかともしれませんが、作品の「続編」をつくるなら、相応の深い読み期待したいところ。

 

とはいえ、大衆が理解するにはそのくらい薄っぺらいほうが伝わりやすい、という戦略がそこにあるのだとすれば脱帽です。
政治的メッセージというのは、
薄くてシンプルな方が伝わりやすいという傾向はたしかにあります。

単純なメッセージは、考える隙を与えないという意味で力強さを持つことがあります。

 

但し、それが「心ある視聴者」に届くかといえば別の話。

 

算命学では、
孤明の灯火は個より出でて集に及ぶものであり、
明暖の太陽は集より出でて個に及ぶものとなる。
…といわれます。

 

個人による小さな範囲に向けた発信は、いずへ大きな集団に届いていくもので、
大きな世界に向けた発信は、いずれ個人の心に届くという意味ですが、
その大前提として、どちらから発信するにせよ、
発信したものが広く人心に届いていくためには、全き精神から発せられる必要があります。

 

大政治家の人が、
選挙活動は川上から(山間部から)とよく言いますが、
広く掲げた政治理念を真心をもって川上から選挙活動をすれば広く川下までその真心が伝わる、ということです。

 

あるいは、
何か大きな目標を掲げたことについて、
その組織なり集団なりの人心をまとめようとする場合は、その組織集団の中の一番の弱者に親切にすることでその親切は全体に伝わる、ということでもあります。

 

また、丹精込めて作り上げ発信したビジョンを、大観衆を相手に講演をする場合、全体をそのビジョンに同調させたければ、
目立つ美人などではなく、
最も野暮ったいおばちゃんなどにマイクを向けたほうがガッツリ全体の心をつかめたりする、ということもいえます。

 

広く発信したものを個に届けるにはそういうアプローチが有効で、
美しい世界観というのは、
みんなが注目する人ではなく、
誰も注目しない、
見向きもしない人たちにまずフォーカスする、そこに心を砕くことで世の中に広く流布されることになります。

 

これは一極二元という東洋思想の根本概念の利用方法の一つですが、
真に何かを伝えたいのであれば、
こうしたことを念頭におくべきであろうと思います。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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