教育期の意味と国家の方向性

戦後レジームからの脱却」
ということを安倍首相が主張しはじめたのは2006年、第一次安倍政権からですが、
実際に戦後レジーム脱却に向けて動きはじめたのは2012年、第二次安倍政権以降。

 

同じことを言っているのに、
なぜ第一次のときには見向きもされず、
第二次では喝采をもって受け入れられたのかといえば、それが「時代に合っていた」からです。

 

そのことを考えつつ、
「時代に合う」
ということが、何かを成すには不可欠の要素なんだという認識を新たにしています。

 

具体的には、
時代論において日本の教育期が始まったのは2007年からなので2006年は時期尚早、一方で2011年に鬼門通過現象を経たことで、2012年はジャストタイミングであったということなのだろうと思います。

 

時代論における教育期というのは、
国家が成長していく上で、国民の意識が大きく変容する時期といわれますが、
感覚としては、「国家が国家として成長する」ための国民の意識変容が起きる時代、
いってみれば、国民が保守に傾きナショナリズムが台頭する時代ともいえるように思います。

 

前回の教育期は1957年からの10年間。
安保闘争がその鬼門通過現象であったといわれますが、この時期、日本はアメリカとの同盟関係を強固にし、世界に対峙していくための基盤となる安全保障が確立されました。
異論はあると思いますが、それがその後の日本の飛躍的な経済発展につながったのは間違いのないところであり、
安保闘争の結果、日本の保守政党はその足場を確かなものにしたことで今日の日本があることを考えれば、この教育期が「日本」という国家の成長において確かな役割を果たした期間であるといえます。

 

今回の教育期は2007年からの10年間。
東日本大震災が鬼門通過現象であったといわれていますが、
これもやはり国家が保守的思想に向かう上で大きな意味がありました。
当時の民主党政権における様々な失態の結果、国民の多くが保守政権を志向するようになり、国民は日本という国に対する愛着を強め、日本人としてのアイデンティティを強く意識するようになったことは周知の通り。

 

なお、教育期に続くのは経済確立期、庶民台頭期といわれる経済発展の時代。
そう考えると、自国に対する保守的なアイデンティティを基盤とすることで国家は発展するということなのかもしれません。

 

ちなみに、
そのタイミング、2012年に日本のアイデンティティの源流ともいえる古事記が編纂1300周年を迎えたのは偶然かもしれませんが、この教育期に古事記がフォーカスされ、古事記ブームといわれるほど国民が古事記やそこに記された日本のアイデンティティに注目したことにより、戦後教育によって失われていた日本という国家に対する自負の念がその火を取り戻しはじめたことを考えると、
戦後レジームからの脱却」という方向性は日本がこれから進む方向として適切ということなのかもしれないな、と思います。

 

個人の思想や日々の生活はそれぞれにあるわけですが、それとは別に国家の動きや方向というのがあり、それに合っているものが栄え、合わないものは廃れます。

 

また、教育期に起こること、起こったことというのは、良きにつけ悪しきにつけその後の国家の方向性を示しています。

 

これからの日本がどこに向かうのか、
何が栄え何が廃れ、何が注目され何が素通りされていくのか、その示すところを解像度を上げて検証してみようと思います。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。