“六中観”と算命学

安岡正篤先生の「座右の銘」だったといわれているのが、“六中観”といわれるものです。
六中観とは何かといえば、以下の6つの在り方、ものごとの観方・捉え方のこと。

①忙中閑あり 「ただの閑は退屈でしかない。ただの忙は文字通り心を亡ぼすばかりである。真の閑は忙中にある。忙中に閑あって始めて生きる」
②苦中楽あり 「いかなる苦にも楽がある。貧といえども苦しいばかりではない。貧は貧なりに楽もある」
③死中活あり 「死地に入って活路が開け、全身全霊をうちこんでこそ何ものかを永遠に残すのである。のらくらと五十年七十年を送って何の生ぞや」
④壷中天あり 「世俗生活の中にある独自の別天地をいう」 
⑤意中人あり 「常に心の中に人物を持つ。或いは私淑する偉人を、また要路に推薦し得る人材をここというように、あらゆる場合の人材の用意」
⑥腹中書あり 「目にとめたとか、頭の中のかすような知識ではなく、 腹の中に納まっておる哲学のことである」

安岡先生の『運命を創る』に詳しいので興味のある方はぜひご覧くださいませ。

さて、なぜこの“六中観”について書いたかといえば、
この“六中観”は、算命学を学ぶ上では安岡先生と同じように座右の銘とするのが良いのだろうと感じたからです。

算命学における星の陽転・陰転を分けるのは何か?ということを一言でいえば、
ポジティブに星を遣えば陽転し、ネガティブに星を遣えば陰転する、ということなのですが、

この「ポジティブに星を使う」ということはどういうことか?
といえば、多分この“六中観”の在り方・観方・捉え方でもってやっていくことの先に「ポジティブに星を使う」ということが出来るのだろうと思います。

あるいは、算命学において、運命とは宿命と環境を一致させていく先にあるものなわけですが、
その「運命」というものを創るとはどういうことか?
といえば、多分この“六中観”の在り方・観方・捉え方をもって時期を見極め、不遇の時代を乗り越え、成功にあたっては己をコントロールしていくことをもって「運命を創る」ということが出来るのだろうと思います。

気付かれた方もいると思いますが、この“六中観”の①~④は一極二元の思想がその根底に流れており、
算命学のおいて不可欠とされる視点、物事や出来事の両極をとらえる視点を持つことの大切さを説いています。

忙と閑、苦と楽、死と活、壺と天。
こうした両極の視点を持つことは、算命学においても不可欠の視点・思考であり、
星をしっかり光らせていくことを目指す=自分の人生をきっちり生きることに向かう場合には、胸に留めておきたいもの、と思います。

⑤は、人間社会において活躍を目指すなら、それを支えてくれる人間をきちんと備えておくべきである、ということを書いているのですが、
これは、
人間というのは集団の中に生きるものであり、集団の中でいかに生きるべきか?
…を説く算命学の教えを、より実践的・実効的に活用するために不可欠のことであります。

つまり、算命学を学び、集団の中でいかに生きるべきかを知ったならば、その自分が活躍するための「集団」を構成する人材を見極め自分の回りに備えていくことが必要なわけで、
算命学では「その人材の備えが大切ですよ」とダイレクトに説かれていませんけれど、その大切さというのは当然に算命学に通じるように思います。

⑥は算命学のような人間形成・運命形成のための知恵は、知識として備えるばかりでなく、活学として活かし、さらにそれを常に自分の腹のうちに持っておくべきである、ということにつながりますね。

いかがでしょうか。
私は来年の目標・課題の中にこの“六中観”も入れておこうと思っています。

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