「魂に刻まれた消せない行動原理にしたがって未達を目指す」ために純度高く生きる

少し前に、星をしっかり輝かせましょう、というとを書きましたが、
星の意味を純度高く体現し、しっかりと光らせなざら生きていると、自分を取り巻く環境や自
分がかかわる仕事、自分が出会う人たちの純度も、同じように高くなっていきます。

星の意味をしっかりと、そして陽転させながら生きている人のまわりには、
たいてい同じように星の意味をしっかりと、そして陽転させながら生きている人がいるもので、
そういう人たちというのは、
「一緒に何かをする」(誰かがメインでやることを手伝うとか)というよりも、「アライアンス」のような関係で結ばれていて、
個性や価値観、考え方などに対立する要素があったとしても、
その対立や相違点を超えて互いにその存在を認め、敬意をを払い、何かきっかけがあれば、とても高いレベルでの化学反応を起こし、世の中に大きなインパクトを与えたりします。

ちなみに、
そういう純度高い生き方をしていると、
自分が星の意味から逸れていることにも敏感になりますし、
星の意味から逸れた生き方をしている人に敏感になったりもします。
これは、
ナーバスになる、というよりは、気づきやすくなる、という感じで、
ピリピリ気づくのではなく、ふっと気づいてそっと修正する、みたいな感じです。

例えば整然と並んだたくさんの机の中に、一つ歪んだ肌があればすぐにそれと分かるものですが、
そんな感じで、純度の高い生き方をしてていると、自分や他人の人の歪みやりに敏感になります。

その意味では、
緩慢な生き方をしている人のまわりには緩慢な生き方の人が、
純度高く精度高く生きている人のまわりには、純度高く精度高く生きている人が集まってくるものなので、
自分のまわりにいる人を見まわしてみれば、自分の純度が分かるかもしれません。

緩慢な生き方の人と純度高く精度高く生きている人というのは、表面的にどう見えるかは別にして、本質的な意味で仲良くなることは難しいものです。

いっとき、なんとなく一緒の時間を過ごすとか、Facebook で「友達」になったりとか、ある
いは会ったときに笑顔で挨拶をするとかいうことはあるかもしれませんが、

本音で語れる関係とか、
本気の何かに取り組む関係とか、
本心腹が立ったことを伝えられる関係とか、
そういう「本音」「本気」「本心」のような純度の高い何かを交わす関係にはなり難いだろうと思います。

今日、落合陽一さんが、
…..
「魂に刻まれた消せない行動原理に従って未達を目指せ」
「人類が行ってきた圧倒的無駄の排除を心がけろ」と言うものの価値基準が違いすぎて議論にならない。
(中略)
でもこの感覚は「自らにステートメントを持たない人」には理解しづらいのだろう。
….
ということを書いていて、

「魂に刻まれた消せない行動原理に従って未達を目指す」
「人類が行ってきた圧倒的無駄の排除を心がける」

というのは、星の意味を純度高く生きるということにつながるな、ということを考えました。

「自らのステートメント」
というものについて、私は東洋思想という軸を一つもっているつもりだけれど、
それが「ステートメント」といえるほどのものなのか、落合陽一さんの見ているレベルに到達しているかは分かりません。
でも、少なくとも、
純度高く、
「魂に刻まれた消せない行動原理に従って未達を目指す」
「人類が行ってきた圧倒的な無駄の排除を心がける」
ということは、やっていこうと思いました。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA