国のサイクルと改憲

年始に書いた算命学の国家論について、
安部首相が憲法を改正したら「動乱期」に戻るのですか?
という質問をいただいたので、こちらにも私の考えをご紹介しておきます。

なお、算命学の国家論は、原典算命学体系の10巻目と「悠久の軍略」という本にその大元の考え方が書かれています。
他に書籍になっているところだと、鴇田正春氏や清野芝香氏の本にも詳しくあるので興味のある方は是非ご覧ください。

以下私の私見です。
安部首相が憲法を改正したら、動乱期に戻ります。
ただ、根本的なところが変わらないのであれば生かすという考え方もありますが、保守的に見るなら変えるべきではないと考えています。

とはいえ、安部首相は算命学に詳しいブレーンがついてるといわれますし、
一度めに総理になったのを降りたタイミングやその後の動きを見ても、きちんと東洋思想的な背景を前提にしたアドバイスを採用しているように見えます。

自民党が政権を譲ったタイミング、その後を担った民主党政権のボロボロ感、しかも、そのタイミングでの鬼門通過現象といわれる大震災。
弱い政権や連立政権のタイミングで国難が起こる
ということが言われますが、これは、
国を担うに足りない人たちが政権を担うと国が揺らぐ
と言われたりしますが、その実、大きな伝統的な政党は、東洋思想を織り込んだ堅固な戦略をもって方針を決めており、新進政党や小さな政党はそれと知らず、場当たり的に物事を決めているからかもしれません。

そう考えると、安部首相はそうした国の流れをよく理解した上で、敢えて、改正を議題にあげている、という仮説が成り立ちます。
そもそもですが、自民党は昭和30年の立党宣言と党の綱領において、その使命を以下のものとしています。

党は右の理念と立場に立って、国民大衆と相携え、
第一、国民道義の確立と教育の改革 
第二、政官界の刷新 
第三、経済自立の達成 第四、福祉社会の建設 
第五、平和外交の積極的展開 
第六、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、
もって、国民の負託に応えんとするものである。

この6番目、つまり自民党は、アメリカの手による現在の日本国憲法を、日本国民の手による憲法へ改正するというという使命を担う政党であり、戦後70年を経て、安部首相はそれを実現するべく動いているわけで、
俄かに思いつきで改憲を言い出したわけではないということです。

そもそもですが、安部首相にしても、憲法改正がそう簡単にできると思っているはずもなく、
察するに、2037年からの権力期、2047年からの動乱期を見据え、
権力期をスキップするために、2037年前後で憲法改正することを考えているのではないか?と思われます。

2037年から権力期には官僚が力を増すといわれます。
官僚が力を増す時代は政治家の力が弱くなります。
政治家は民衆に支えられるものなので、そこをスキップすることは政治家にとってもメリットがあります。
また、国民目線に立てば、官僚の力が強まり規制が進む権力期は経済が減退します。
動乱期はいずれにしても避けられませんが、再び陽のサイクルに入ることによって、国民主役の華々しい50年に入ることができると考えると、必ずしも悪いことではないのではないか?と感じられます。
よって、安部首相は改憲によって、その権力期をスキップしたいのではないか?
ということです。

そのタイミング、その前提なら憲法改正も悪くはないかもしれませんが、今は困る(経済減退は困る)、というのが私の考えです。
とはいえ、高尾算命学宗家も書かれていますが、国が経済にばかり寄り過ぎるのは決して尊いことではないので、
もっと高次でものを考えていかなければならないようにも思っています。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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