北方との相剋の話

「相剋」というと、
剋されるほうがしんどくて剋すほうがラクなように言う人がいるのですが、
実際のところ、
剋すほうも剋されるほうもしんどいものです。

 

喧嘩などにおいて、
負けたほうがしんどいのと同じくらいに実は勝ったほうもしんどいのと同じです。

 

ガッツリ距離を置く、ということをするときでも、置かれたほうがしんどいのと同じくらい、実は距離を置くと決めたほうもストレスを感じるもので、
その意味では、天剋地冲などが回ったときに、「剋すほうだからラクですよ」というのを聞いたりしますが、そんなことはありません。
もしかすると、剋すほうがしんどいんじゃないかな?とも思います。

 

若い人で、
やたらと反発する若者などはたいてい陽占の北側に相剋があります。
中央が北方に剋されている人は反発して愚痴を言い、
中央が北方を剋す場合は反発して無視を決め込む、みたいな印象です。

 

中央=自分にしてみれば、
どちらにしてもストレスフルで、「やられてる」感ばかりが募るのですが、
そういう型の人は永遠にその型から逃れられないものなので、
活かすことを考えるほうが有意義というもの。

相生の場所の相手というのは放っておいてもたいていうまくいくものですが、
相剋の場所の相手というのは意識的に配慮とかケアが必要です。

それは何かと煩わしくはありますが、
そうした配慮とかケアをしてその関係を円満にできたところで自分が一段成長できるということもあります。

 

ちなみに、相剋ばかりを書きましたが、
実際のところ、
相剋ばかりでなく、比和でもけっこうケアが必要だと思います。
前にも書いた通り、比和というのもなかなか厄介で、張り合ってしまったりするものです。
が、ストレス度でいえばやはり相剋のほうがしんどい。

 

これは、
対等な相手とはケンカはしても後に引かないのに対して、
そこに力関係があると、
強いものにイジメられたストレス、
弱いものをイジメてしまったストレスが残るのに似ていて、
比和であれば自然にしている中で学びにつながる一方、
相剋の関係は視点を1つ上げて大人にならないと学びにつながらないということでもあります。

 

ということで、繰り返しになりますが、
相剋は、剋しても剋されても、1つ視点を上げないと解決できません。

 

『だるまんの陰陽五行』という本があります。
漫画で陰陽五行思想について説明した本で、よくよく読めばかなり難解ですが、陰陽五行思想を知る導入としては入りやすいのでおススメです。

 

その『だるまんの陰陽五行』では、
相生は自然の道、相剋は成長の道、ということが書いてあります。

人生の成長は螺旋の道ですよ、
ということを私も常々書いているのですが、螺旋を登るキー🗝は、この相剋の消化、いってみれば試練をクリアすることにあります。

 

相剋があちこちにあって、
あちこちとカチンカチンとぶつかる人は、
それを意識して、自律的に配慮やケアを取り入れると成長したうえでそれらの人と穏やかな関係を築けます。

1つクリアしても次の試練がやってきたりしますけれど、それこそが自分に与えられた成長への切符🎫であると受け止めて、
前向きに取り組んでいかれると良いと思います。

 

なお、北方との相剋というのは、
年齢とともに緩和される傾向にあります。
なぜなら、北方とは父親であり目上の位置。
よって、自分の年齢が上がるほど目上の存在は大きなものではなくなるからです。

 

よって、
北方の試練を活かすなら若いうちのほうが効果的です。
北方の存在があるうちに、しっかり対応しておくと良いです。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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