算命学によって、「悠久の秩序」を知る

「如」という字があります。

「如実(にょじつ)」とか「如(ごと)し」とかいうときに使うあの字ですが、
この字の元々の意味は、「あるがまま」とか「そのまま」とかいう意味だそうで、
なぜ女偏の字なのかといえば、女性(にょしょう)とは、男性に比して自然体であり、柔軟に流れに従っていくことができる、からなのだとか。

当然、すべての女性がすべてにわたって「あるがまま」とか「柔軟に従う」とかいうわけではないですけれど、
脈々と続く歴史の流れにおいて、大きな傾向としてそういう傾向があるという性質が認められたからこそ、その姿が文字として反映されているのだろうと思います。

ここで、
「いや、私は女性だけどあるがままではないです!」とか、
「女性だからって柔軟とは限りませんよ!」とか、
‥思う方もいるかもしれませんが、

何千年という歴史の中でそれと認められた性質があるなら、それはそれとして、「そういう傾向もある」という理解をしておく余裕をもつと、視野広く、器大きく世の中を捉えていくことができるのではないかと考えます。

算命学を学ぶときには、
そんなふうに文字になっている言葉が示すものを、複層的に認識していくことが不可欠と思います。

算命学をブログや簡易な書籍で学んでいると、言葉を短絡的に捉える傾向が強くなります。

なぜなら、
平たい言葉の羅列から成るブログやら、著者の言葉で簡易に書かれた書籍というのは、分かりやすくはあるものの、
多くの場合、本質ではなく、その枝葉を言葉にして書いてあるために、その枝葉にばかりフォーカスしてしまって、その幹の部分、つまり本質を捉えずに理解を進めてしまうからです。

算命学は、万象学、分類学といわれ、難解だといわれますけれど、
基本的に、理論の枠組みとエネルギーの流れが分かれば、あとはそれに情報を肉付けしていくだけなので、実はそれほど難しくはありません。

但し、思考のベースが現代の西洋理論的思考のままだと、どれほど勉強してもまるで本質を捉えられない、ということはあるかもしれず、
その意味では、
歴史に推参する姿勢、古代の人への謙虚な思慕のようなものが不可欠という面はあるような気がします。

算命学の理論や枠組みが分かると、
古代の人たちが見ていた世界というものの中に、バッハの曲にあるような「悠久の秩序」があるのが見えるようになります。

その秩序が見えてくると、

生活のあらゆるところ、
仕事のあらゆるところ、
人生のあらゆるところに、
その「悠久の秩序」が張り巡らされていることに気づきます。

4000年の昔から現代にいたるまで続いてきた秩序、
そしておそらくこれから先の4000年か、それよりも先にわたって続いていく秩序。

過去から永続的に続いてきたものには、
それが数式であれ、絵画であれ、音楽であれ、常に悠久の秩序がその内側にあり、

世の中で多くの人の歓心を買うものの中には、
それがファッションであれ、芸能人であれ、ガジェットであれ、常に悠久の秩序がその内側にあり、

これから先の未来にわたって続いていくものの中には、
それがツールであれ、ビジョンであれ、組織であれ、常に悠久の秩序がその内側にあります。

なお、
「悠久の秩序」とは固定的なものではなく、永遠に動き続けるその動的なものを含んでいることはいうまでもありません。

個人的な考えですが、
算命学を学ぶ面白さ、というのは、そういう秩序を識っていく、見つけていく、感じていく、ということにあるように思っています。

算命学を、コトの枝葉だけ、言葉尻だけをとらえて理解しようとする、理解した気になってしまうことは、とても勿体ないことだな、と思います。

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