平和な生活と宿命の消化

このところ、あまり会社や仕事のことを書いていないからか、
ご相談に来られた方から立て続けに「お仕事されているんですか?」といったことを訊かれたのですが、
お仕事、しています。

ブログを始めたころは、あれやこれやと書いていたのですけれど、
このところ、とても平和に穏便に、不満に思うこともなく苛立つこともなく、つらいこともないような仕事生活なので、
「敢えて書くことがない」というのが実際のところです。

基本的に、
「うまくいっていること」というのは無意識に過ごすことができるものなので、あまり文字にするとか文章にするとかいうことにつながらない感じがしますがどうでしょう。
…もちろん、プロモーション的に書くことはあるかもしれませんが、
そうでなければ、「うまくいっていること」を書いたところで、自分の慢心を呼び、一方で他人からは余計な注目を浴びることになるので、
あまりそういうことを書くメリットというのはないかな、という気がします。

それにしても、
算命学を学び始めて、日々の生活というのはとても平和に推移するようになった感じがあります。
これは、物事の仕組み、出来事が起こる仕組みというのが分かるようになったので、
動じることがなくなったからかもしれません。

あるいは、
自分の長所・短所が良く分かるようになって、
長所を生かし、短所で勝負しなくなったので、順当に物事が運ぶようになったともいえます。

…但し、こういうときこそ改めて、きちんと内省して謙虚さを備えることが必要であるかもしれませんね。

陽占の星図において、相生というのは「無意識」の関係、相剋というのは「意識する」関係ですけれど、
「無意識」というのは自分にとって心地よく楽ちんである反面、他人から見ると不遜にみえたり出過ぎた態度に見えたりするものです。
一方、「意識する」関係というのは、緊張感をはらみ、多少の難しさがあるもので、苦しさがあったりするのですが、
「意識する」ということによって、他人からは「きちんとしている」「礼儀を備えている」と評価されたりもします。

そう考えると、「無意識に平和に過ごせる」というときこそ、
自分を振り返って謙虚にあることが必要だろうということです。

なお、「平和に過ごせる」ということの一つの仕組みとして、
「自分の立場を消化する」、
つまり「月支元命と日干の関係を消化する」ということは割と意識しています。
あと、「生月中殺の消化」もいちおう意識しながら過ごしています。

最近思うに、
そういうベーシカルなところを消化していれば、そんなに困ったことにもならない感じがあります。
いや、多少困ったことがあったとしてもハンドリングできるというか、動じないというか。

ちなみに、「中殺を消化している」ということは、それ相応の「へこみ」もあるということです。
ただ、その「へこみ」を意識的に消化しているので、それによって不快に思うとか苦しいとか、動じるということがありません。

いずれにしても、自分の命式の基本的なところをきちんと消化していると、比較的平和に過ごせます。
今が苦しい方は、意識してみると良いだろうと思います。

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⭐︎月支元命の消化についてはこちら
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Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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