神社参りと継続性

本日は、昨年末にいただいたお札をお返しし、新しいお札をいただくために明治神宮へ。

明治神宮は首都圏に引っ越して初めてのお正月に父に連れられて参詣して以来、30年くらいほぼ毎年お参りしています。

お参りの際はいつも晴れ。
今年はどうだろう?と思いつつ、
駅に降り立てば、昨日はもちろん今朝も随分な曇り空だったのがウソだったみたいな爽快な青空。
鳥居をくぐって玉砂利を踏み、木々に囲まれた清浄の気の中を通って参詣しました。

御祈祷を受ける神楽殿まできたら長蛇の列!
えー!もっと早くくるべきだった??
とドキドキしながら近づいてみればそちらは御朱印の行列で、ご祈祷の方はガラガラ。

おかげで静かで厳かな空気の中、
私一人のために祝詞をあげていただき、
私一人のために大和舞を舞っていただき、
私一人のためにお言葉をいただきました。

お参りとご祈祷を終えての帰り道、
引いた明治天皇・皇后の御歌から成るおみくじの言葉が心に響き、
落としたスマホが気付いて10分で手元に戻ってくる奇跡も。
精進しようと思います。

なお、お参りする神社というのはもちろん参詣すればご利益があるものですが、同じ神社に通い続けることで神さまに想いが通じやすくなる、神さまに守っていただきやすくなるといわれます。

「繰り返し」というのは引力を発生させますし、
「繰り返し」によって徳がつくともいわれますが、それと同じ理屈です。

例えば普段の生活においても、
同じ時間に出社し続ける人はそれによって信用が得られるものですし、
同じ髪型でい続ける人というのはまわりの人に安心感を与えます。

会社などでいえば、
同じ商品を何十年も売り続けるお店は老舗としての評判を得るものですし、
何年も取引をしていると信用貸のような対応をしてもらえたりもします。

個人でいえば、
貯金なども、コツコツ貯金をしていると、一定金額を超えたあたりから一次関数的ではなく二次関数的に増えはじめたりもしますし、
何代もその街で住み続けている人は存在感と発言権をもつものです。

あるいは、
同じメーカーの同じボールペンを使い続けているとそれによって何かミスから守られたり、そのボールペンで勉強している場合は学習習慣を維持する力が備わったりします。

繰り返し続けていることというのは、そういう力をもつので、何にしても「続ける」というのは大事だろうと思います。

なお、
何でも続ければ良いというわけでもなく、
自分に合ったもの、
自分が心惹かれるもの、
自分が価値を感じるもの、
を、続けるのが大事なので、スタート時点において「続ける」それをきちんと選ぶことは何より大事です。

そうでないと、
不快な気持ちのほうが積み重なって、あらぬことにもなりかねません。

ちなみに、
そんな理由で大企業や老舗の会社というのはあまり新参者や新しいものを受け入れない傾向にあります。
もし新たに参入することを目指すなら、人的にせよ物的にせよ、何かしら継続性を感じられる要素を折り込むことが必要だろうと思います。

そういう「継続性」を意識して、
Facebookページの方はしばらくブログとの連動性を維持するため、「面白みに欠ける」と感じる方もおられるかもしれませんが、ご容赦くださいませ。

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Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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