純濁法と牽牛星冲殺

算命学に純濁法というのがあります。
人体星図の十大主星は、純星と濁星に分けられ、純星は平和期に、濁星は動乱期にその活躍の場があると言われます。

分け方は以下の通り。
☆純星→鳳閣星、禄存星、司禄星、牽牛星、玉堂星
☆濁星→貫索星、石門星、調舒星、車騎星、龍高星

純星は、安定した平和な時代にその資質を光らせやすく、動乱期にはその役割を担う環境に恵まれにくいといわれます。
しかし、あるものを継承するとか、誰かの下について何かをするということにも才能を発揮することができるので、組織や企業の中でもストレスなく生きることができます。

一方で、
濁星は、動乱期に活躍し、激動の環境にあってその才能が光ります。
戦って勝ち取るとか、新たに何かを築くとか創るということに長けていて、組織企業の歯車になると機能しにくく、困難があってもそれを乗り越えて新たな城をつくる方が向きます。

たいていの人は両方持っていると思いますが、これはそのバランスであったり、年代であったり、あるいは中心の星であったりの要素から折々に判断していくことになります。

ちなみに、
同じ純星が複数あると濁りますし、冲殺されても濁りますので、世の中全体を眺めれば、濁星のほうが比率的に多そうです。

「濁る」というと悪いことのように聞こえるわけですが、「清い水には魚住まず」と言われるように、濁星のほうがたくましく、在野で生きるのであれば、濁っていたほうが生きやすいと言われます。

古代東洋において、鳳閣星は歴史を正しく伝承することを担い、玉堂星は伝統を正しく継承する役割を担いました。
禄存星・司禄星は財と人民を司り、牽牛星は王様に仕えました。
純星の生きる環境は、古代東洋ではとても限られた特別なものであったのかもしれません。

ちなみに、
さっきちらりと書きましたが、
王様に仕える牽牛星が冲殺されると、
「王家の反逆児」とか、
「平和期の孤児」とかいわれ、
その役割を誰よりも熱心に(冲殺されていない牽牛星よりも忠実に)担うのですが、その熱心さが歪みを許さない性情となり、
ひとたび歪みに直面すると、
誰よりも先に、そして誰よりも強硬に王家に立ち向かう反乱分子となります。

そのため、冲殺のある牽牛星は、誰にも仕えることなく役割を果たすことができる「九流の術士」の職業につくのが向くといわれます。
牽牛星の、自尊心が高く品位を貴び権力に寄り添う性情と冲殺をともに消化できるのが、その職業であるともいえます。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

2 件のコメント

  • コメントありがとうございます。
    牽牛星に限らず、星が冲殺されるとコントロールがきかず、その星の意味が暴走する可能性を持ちます。
    状況でいえば、冲殺されていない星の場合、自分の生活の範囲において星の意味が発揮されるのですが、冲殺されるとその範囲の枠がない状況といえます。
    https://kinugyokutoan.hatenablog.com/entry/2018/12/20/120029
    このエントリにも少し書きましたが、より広い世界において牽牛星の意味が発揮されるので、周りから見るとそれが暴走しているように見えることになります。

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