歴史考証について

知り合いのバイオリニストがバッハのシャコンヌに取り組んでいると聞いて朝から流しています。

 

子供の頃は、
バッハの調和が退屈で説教くさく感じられたものですが、
古典文学や宗教、思想、絵画といった分野で知識が広がった、
大人になった今聴くと、壮大で堅確な安定感、宇宙的な調和をもった音階の建造物のように感じられて、不思議と安心します。

 

シャコンヌをもって
「物質に対する精神の勝利」
と評した人がいましたが、
精神の城というのがあるとすれば、
こんな感じなのではないかと思ったりします。

 

先週、天胡星は波動に敏感です、
というようなことを書きましたが、
バイオリン🎻は殊に精神にダイレクトに響く感じがあります。
弦楽器だからだとかなり長い間思っていたのですが、
神社などで雅楽を聴くようになってみると、
和楽器だとむしろ篠笛とか篳篥のような笛の方が精神と同調する感じで、
琴とか琵琶とかは、むしろ体感として響きを感じます。

 

それにしても、
音楽というのは時代を簡単に超えます。
楽器と楽譜があれば、
千年前の体験を同じように体験できる、
すごいなぁと思います。

 

昨日書いた、『本居宣長』のような歴史考証ってどんなものですか?
という質問を頂いたのですが、
それはこの千年前の音楽を追体験するように、
当時の出来事を追体験する、
立体的な体感をもってその時代に自分を置き、その世界を感じる、そんな感じです。

 

どのような社会基盤がその当時あり、
どのような身分制度があって、
何を重視し、何を求めたのか?
何を聞き何を見て、何を信じたのか?

東洋思想のような思想であれば、
どの立場の人が何の目的でその思想を構築し、
それは「誰のための思想」なのか?

など、歴史を構成する要素を丁寧に拾いながら、
自分の先入観や現代の価値観を全て排除して、
心を虚しくして追体験していく、
そんな感じです。

 

例えば算命学の思想について追体験するなら、以下のような背景を「読む」のではなく「想像して感じる」ということ。

 

算命学は四千年前の中国殷王朝の時代にカウントが開始された干支が基盤にある思想です。
その思想は皇帝のための思想で、
その学問は貴族(皇帝を狙うほど高い身分の貴族か学問を担う貴族)と軍人(軍略戦略を担う参謀)の中で学ばれました。

場所は古代中国。
国土の大半は荒野と砂漠、
国民の大半は文字も思想も知らない農民、
そんな世界を皇帝が治めるわけですが、
その皇帝も盤石ではなく、
いつ敵に取って代わられるか分からない不安定な世界。
そんな世界で皇帝が、
仲良く平和に生きていくことではなく、
敵に勝ち生き抜くこと、
皇帝の家系存続を目指した思想です。

その思想が昨日十干十二支について書いたような環境の中で生まれました。

 

…こういうことを、
想像力を駆使して体感し、
その時代の考え方に身を委ねていく。

小林秀雄のいう歴史考証は、
そんな感じではないかと思っています。

 

ちなみに、
こうした歴史考証は占技を重視する方は素通りされたりしますけれど、
算命学の理論を学び理解するには不可欠で、占技の背景にある構造をとらえることにも役立つので、知っておくと良いだろうと思います。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です