正気半会と現実乖離

やたらと現実的なお金に関する試験が終わり、
選り好みして限定的な人にしか会わなくなり、
思う存分、4000年前とか1000年前のこととかに真剣に思考を飛ばしていたら、

 

このところ、
世の中の「常識」からどんどん乖離していっているようで少しドキドキしています。

 

モノゴトを俯瞰する、
というのは、
think bigとも言い換えられるわけですが、
細かなことや雑多なこと、
あるいは世の中の個人や個性的な考えといったものが、
どんどん抽象的になっていき、
分類され、色分けされ、
世界が大きな地図のように見えてきます。

大事な人しか視界に入らない的な。

 

仕事なども、
ツーカーで仕事ができる人を選り好みしてお願いしたり根回ししたり、
「協調性」という観点からはとても褒められないことですが、
押さえておくべき人を押さえておけば、
それ以外全て風景のように見えたとしても、むしろその方が仕事はスムーズに運びます。

褒められたことではないですが。

 

そんなことを考えていて、

この地に足につかない思考の感覚、
これが生気半会の思考なんだろうと気づきました。

 

正気半会
というのは、陰占の地支に、
子申、午寅、卯亥、酉巳のいずれかの組み合わせがある場合をいいます。
(私は卯亥の正気半会があります)

 

生気半会が宿命にある人の思考は、
時間を超える観念が存在し、百年、千年の時を超えてそれを現実の世界として捉えることができるといわれますが、

これは言い換えれば、世間の常識や固定観念を持たず、夢や理想が壮大である一方、
一般社会の理解を得にくい傾向にあり、
器量を充実させられなければ愚才に堕すということでもあり、
才能や能力が伸展するほどに一般には理解されがたく、孤独の世界を形成します。

 

…確かに孤独。
でも、この純度の高さは居心地がよく、
このままでもいいような気がしています。

会社員である限り、
いずれ自分か上司の異動なり、何らかの環境の変化なりがあって、
この心地よい場所から現実に引き戻されるのだろうと思えば、
こういう貴重な体験は、思う存分、謳歌して良いように思ったりします。

 

そういえば、
今日、日頃お世話になっているイケジイさんが最近出された算命学の教科書が届いたので見ていたら、
十二支の心の階層の説明がありました。

これは、才能がどうこうというのではなく、

どういう世界で生きていく傾向にあるか?
現実の中のどんな場所で生きていく傾向にあるか?

を見るものです。

 

Facebookにはブログを始める前に書いたことがありますが、
私は75%が4階層で現実にイマイチ立脚しない性質が元々あります。
25%を占める1階層のおかげで、辛うじて現実的な仕事に従事しているんだな、
と、今の仕事をしている限り、この25%をもう少し大事にしようと思った次第。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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