東洋史観にみる「男女の役割と成長」

引き続き、東洋史観についての野島先生の講話より「男女の役割と成長」についてご紹介いたします。
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人間は成長するに従って独自の世界観を築いていきます。
その際、
女性が自分の世界を築くにあたり、男性を知らないと幼稚な世界を築いてしまう
男性が自分の世界を築くにあたり、女性を知らないと幼稚な世界を築いてしまう、
という傾向があります。

 

よって若い独身の場合、その周りの環境は幼稚なルールに支配されたりします。
既婚者でも、やたらとエキセントリックで幼稚な女性というのがいたりしますが、
そういう人の夫というのは唯々諾々と相手の言うことを聞いてくれる優しい夫ではありますが、「男性」としての役割は果たしていないのだろうと推察できたりします。

 

異性を知らないと幼稚な世界を築いてしまう一例としてよく挙げられるのは、
ヒトラーやナポレオンが下半身コンプレックスを抱えそれが侵攻の誘因になったというものですが、
女性の場合は容貌に対するコンプレックスがある女性は幼稚な世界を築く傾向にあります。

 

幼稚な世界とは、
例えば一方通行のコミュニケーション(自分語りや発信オンリー、言いっ放しなど)やネット上だけでのコミュニケーション(オタクなど)をいいます。

 

異性との関わりにより、精神的に成長します。
また、異性を深く知り相互に愛し愛される経験をすることで、まわりを見つめる視点が育ちます。
そうして大人として成長することで成熟した人間関係、成熟した大人の世界人を築くことができます。

 

なお、これは男女関係だけのことではありません。
小学校から大学までの一貫校がありますが、多くの場合、そうした同じ世界で育った人というのは精神的成熟度に欠ける幼稚な人間に育つ傾向があります。

 

異性や異質な世界を知ることが成長、成熟には必要で、同じ世界に留まると幼稚な人間になります。

 

男女ごとの違いでいえば、
女性は独身、単身、一人でいる場合、守り的な生き方になる傾向があります。
頑固に自分を守って母親に反発するとか、
自分の仕事は自分の世界で自分だけで完結するという傾向があります。
また、行動は用心深くなります。

 

一方で既婚の女性の場合、まわりには夫や親族が出てきて一人ではいられなくなります。
するとどうなるかといえば、守り的な生き方から活動的な生き方へ、
世界が広がって守備的な生き方から攻撃型な生き方へ変わります。
独身時代より活動的になり、積極的になり、働くようになる(家事など)わけですが、
結婚とはそうでなければ成り立たないものなので当然といえば当然です。

 

男性はどうかといえば、
男性は一人だと攻撃型の傾向が強く出ます。
男性が一人で単身赴任や独身で一人でいるとさまようライオン🦁のように攻撃対象を探して過ごすというようなことにもなります。

例えば男の子を育てる場合、
やたらと攻撃的で手をつけられない、ということがあるのはそういうことです。

なお、こうした攻撃性は結婚することによって守備的な態度に改まっていくものですが、
結婚でなくても、
団体生活に馴染むとか、
兄弟姉妹が多いとかいう環境に身を置くことでおとなしくなり、親の言うことをよくきく子供になったりします。

大人の男性であれば、外向きにあちこち出張っていた男性が家庭を守るようになり、軽々に事業を立ち上げようという気にならなくなる、という現象もあります。

 

男女の関わり、人との関わり、ということで人は変化することについて書いてきたわけですが、
ここで重要なのは、その「男性」とか「女性」、「人」との関わりというときに、
本人が相手を自分と同じ人間だと認識する必要がある、という点です。

 

人間はともすれば大人になっても自分を世界の中心におくわけで、それがダメなわけではないですが、相手を同じ人間だと認識した上で関わりを持つと、成長、成熟した大人に育っていくことができます。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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