天中殺を振り返って

立春ですね。

厳密には本日の18時3分だそうです。

なので、新しいブログはそれ以降にご案内いたします。

さて、天中殺の2年間を振り返っていました。

長かったようで短かった2年間。

新しいことは棚に上げ、

新しい人間関係も停止して、

ごく親しい人からお誘いいただいたり、お声掛けいただく場合以外はあまり出歩くこともなく引きこもって過ごしたのですが、

振り返れば人生で最も密度高く、有意義に過ごせた2年間だったように思います。

天中殺の2年間は、その後の10年間の準備期間といいます。

当初は、

2年間も冬眠していたら、世の中から置いていかれるのではないか?とか、

飽きてしまって結局新しいことをやりたくなるのではないか?とか、

せっせと準備したところで、それが生かせるかどうかなんて分からないのでは?とか、

思ったりもしたのですが、

天中殺仕様の生活に切り替えてしまえば外の世界の騒音から離れて静かな世界で勉強に集中することができ、

集中し始めたら飽きるどころか彩り豊かな学びの世界が目の前に広がりはじめました。

そうした世界に一人遊び、心の庵にこもって過ごしていたら、自分から出ていかなくても、その庵を訪ねてくださる方もでてきて、

退屈することもなく、寂しく思うこともなく過ごすことができました。

ありがとうございます。

ちなみに、ブログを始めたことは「新しいこと」だと自分では思っていたのですが、

WordPressと格闘していたら、5年くらい前にもブログを作ろうとしていたことを思い出しました。

ちなみに、当時はお金とか起業とかをテーマにしたブログを作りかけていました。

金融の仕事を生かせるということで着手したものの、結局、そのテーマでは気持ちが続かず頓挫したのですが(今思えば、戊亥天中殺の自分にはそういうテーマは不向きだったように思います)、

その意味では、今回のブログを始め、それをひとまず軌道に乗せられたことは「やり残した宿題」をやったということでもあります。

天中殺は「忘れもの」に出会える、

「やり残した宿題」を片付ける時期でもありますが、なるほど、と思いました。

この天中殺、苦しかったというお話も聞きます。

怪我をしたり人間関係に苦しんだり、仕事で手痛い失敗をしたり、というようなことです。

私にそういうことがなかったか?

といえば、天中殺前に骨折をしましたし、

倉敷の生家が水没したり武蔵小杉の自宅が水災に巻き込まれたりしたので、

それなりに苦しかったようにも思いますが、

人間関係や仕事については、「人のため」とか「目立たず黒子に徹する」ということを徹底していたので、それほどインパクトのある苦しみはなかったかな、と思います。

このあたりは、事前に周到な準備をしておいたことが効いた気がするので、これから天中殺に入られる子丑天中殺の方はぜひ参考にしてくださいませ。

なお、天中殺期間が次の10年の準備期間ということは、この2年間の中に様々な種が仕込まれたということでもあります。

なので、今回天中殺を終えられた戊亥天中殺の方は、改めてこの2年間を振り返って、その種を探してみると良いかもしれません。

昨日は節分でしたが、急に友人に誘われて近所で賑やかにお酒を飲みました。

閉じこもって過ごした2年間を終え、新たな10年に向かうお祝いに相応しく、未来の展望を語ることができ、とても有意義だったように思います。

おかげで、恵方巻は食べ損ないましたが、豆まきはしました。

毎年、年始にいただく成田山の「御福豆」を撒いて新たな年の準備をいたしました。

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