「陰口」は知恵の産物

「陰口」というのは、あまり良いことのようにいわれませんが、
その実、ある種の「知恵の産物」です。

当人に直接いうと角が立つところを、
当人のいないところで間接的に伝えるための、日本の島文化を支えた日本人の知恵です。

先日、
「親戚についての不満(問題)を、別の親戚に話したら即日伝わってしまった!」
というお話がありました。
慌てたそうですが、
恐らく、それを受け取った親戚は、それを「要望」として聞き、さらには善意でそれを対象の親戚に伝えたのだろうと思います。

いってみれば、
マンションの住民の問題点は、
管理人に言う
みたいなもの。

不満が解消されなければ、問題は続くので、一時多少の摩擦はあるにせよ、そこは伝えてマルと思います。
よって、
「陰口」は伝わる前提で言うべきものであり、
「陰口」は他人の口を効果的に使うべきものということもできます。

一方で、
「陰口」を言われた側は、それをもって何らかの対処をするか無視をするかの選択肢があります。
聞きました、すみませんと対処をするか、
何事もなかったかのように普通に接しつつ、密かにその不満に対応することもできますし、全く無視することもできます。

そもそもですが、
陰口には理がある場合と理がない場合があり、
言いがかり的なこともあるので、
その際には反論するより無視してそういう人とは離れる方が人間としてはスマートです。
さらにいえば、
自分から離れるのが難しいときは、
相手から離れるように仕向けるという選択肢もあり、
そのほうが、より日本人的(角を立てず円満を目指す)でもあります。

ちょっと高度、ですが、
京都の人たちはこうしたことが本当に上手で、学ぶべきものがたくさんあります。

とはいえ、
私の周りの優しい人たちはあまり陰口を伝えるということをしない人もたくさんいます。
「白目をむいた写真は変えた方がいいよ」
とか言っても伝わらないし(伝わっても無視されてるのかもですが)、
「太ったから何とかしなきゃ!」と私が言って初めて、○○さんも「太った?」と言っていたと教えてくれるとかです。

どちらが正しいということではなく、
どちらも善意のこと。
そんなふうに「陰口」と付き合えればいいな、と思います。

ちなみに、私の「陰口」は100%伝わる前提で言っています。
むしろ伝えて欲しくて言っています。
一方で、伝わって困ることは、誰にも言いません。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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