命式がすべて陰の干支の人は人のために生きる人

陰占の命式を構成するすべての干支が陰の場合、
自分から積極的に誘うとか、
自分から積極的に立候補するとか、
自分から積極的にプロポーズするとかいうことに気持ちが向きにくいように思います。

やってみても、あまりうまくいかないというか。

私はそのタイプに当てはまり、
実際、
自分から誘って何かをするとか、
自分から企画して何かをするとか、
自分から自発的に役割を担う、ということをほとんどしません。
やってみたことがないわけでもないですが、大抵うまくいかないか、あまり気分の良くない結果に終わったりします。

一方で、
誘われたら余程イヤでなければ断りませんし、
頼まれたことは最大限手を尽くします。

振り返って思うに、
何かをしてうまくいくときというのは、
「自分のために」ではなく、
「誰か他の人のために」やるときでした。
自分の利益や評価を求めて何かをしても、空回りするばかり。

例えば、
前の仕事で大きく稼いでいたときは、
母が家を欲しがっていて、
それを何とかしてあげたい、
と、思っていたことが原動力でした。
また、
当時の上司にとてもお世話になっていたのですが敵の多い人で、
その人の社内の評価を上げてあげたい、という思いがあったことも原動力であった気がします。

その後、
家は結局父が買ったことでその原動力は弱まり、
(地方に自宅を持っていたので、父はそこに帰るつもりで、首都圏に家を買うことに消極的だったのですが)
さらにその上司がいち早く部長職に昇格されたことでそちらの原動力も弱まり、
その仕事へのやる気が薄らいでしまいました。

転職して、
割りとすぐにセクハラなどがあり、
「誰かのために」の「誰か」を見つけるのに難儀して、
「自分のために」頑張ろうとした時期があるのですが、面白いくらいに空回りしました。
今思えば、私は「自分のために」は頑張れない人間だったということなのだろうと思います。

その後、仕事が楽しくうまく回り始めたのは、
「自分から望む」ということをやめ(特に希望したわけではない部署で仕事を得て)、
尊敬できる上司に出会い、「その上司のために」頑張るようになってからです。
ちなみに、その上司はかなり早く次長職に昇格されたので、少しは役に立ったのだろうと思っています(もちろん、そればかりではないですが)。

そうしたことは、
算命学を学び始めてようやく分かったことですが、
以来、基本的に自分から自分の利益のために何かをするということをやめ、
「この人のために」とか、
「世の中のために」と思える何かとの出会いを探し、出会えたときはそれを大事にするようになりました。
拙いながらも算命学や東洋思想について書き始めたのもその一つです。

何かをするときに「空回りしているな」と思われる人は、陰占の命式を見直してみると良いかもしれません。

自分のために頑張れない、
頑張っても評価されない、
企画しても人が動かないようなタイプの人は、
自分以外の何か大義名分を見つけることで、大きく物事を動かせるようになる人です。
そうした大義名分との出会いが、人生を開くきっかけになるかもしれません。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

2 件のコメント

  • 己で陽占に出る星が陰の星は司禄だけです。
    なので僕もほぼこの記事に当たります。
    人に使われる、天に使われる事が僕にとっての自然のあり方なのかもしれません。
    思えば自分の満足、自分の楽しみを追求すると
    行き詰まりました

  • みくにさん
    気づくことがあったようでよかったです!

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