類友の法則と命式通りに生きている人

面白いもので、
Facebookに流れてくる、飲み会やらイベントやらの集合写真を眺めていると、
いっしょに写っている人たちの顔や表情というのはたいてい似通っています。

 

似通っている、というか、
似通って「くる」というべきか。

 

先日、別のところで「すごい美人で頭が良さそうな人」と思っていた人の、
コメディアンみたいなおじさんに囲まれて爆笑している写真が流れてきたのですが、
どこからどう見ても「コメディアン」でしかなくてびっくりしました。

 

あるいは、
何年か前に「快活で爽やかな女子高生」だと思っていた女の子が、柄の悪い人たちと一緒にいるなーと思っていたら、女子大生になった今は柄の悪いヤンキー以外の何者でもなくなっていて、つくづく付き合う人って大事だなぁと思ったりもします。

 

ちなみに、
たまに「無差別無目的飲み会」とか「誰でもOKな無料イベント」みたいなのがあって、
こういうのは初参加の人もけっこういるので傾向なんてないんじゃないの?
と思われそうですが、
実はこういうのは「緩慢な人生を生きている」という共通点を持つ人たちの集まりで、
洗脳とかマルチ商法、保険や宝石の販売などのカモの猟場になっていたりします。

 

「誰でもOK🙆‍♀️」な場所というのは、
確固とした人生を歩んでいない暇な人たちと、
そうした人を支配したい、取り込みたい人たちしかいないので、
どちらでもない場合は参加しないのが利口です。

 

コメディアンとヤンキーの話に戻します。
世の中には、コメディアンが好きな人もヤンキーが好きな人もいると思うので、
それを「意識的」に選択しているのであれば別に良いと思うのですが、
もしそれが「無意識」だとすればちょっと意識してみたほうが良いかもしれません。

 

「類は友を呼ぶ」
という言葉がありますが、
人間の出す波動が近しい人たちが引き合い、
同じような傾向の人が集まるものなので、
何かに参加したり一緒にいたりするときは、
「こういう人になりたい」
という要素があるものを選んだほうが良いだろうと思います。

 

先日、ワタナベ薫さんが

『人間関係の処世術 去る者追わず・来る者選ぶ時代』
というエントリをあげておられ、
※こちら:https://ameblo.jp/wjproducts1/entry-12533625644.html

『友達は多ければ多いほど、
楽しいわけではなく、
時間もお金も減り、それだけでなく、
問題はどんどん増えていきます。』

というところに特に共感しました。

 

なお、私は、
ワタナベ薫さんが書いておられる「運気の良い人悪い人」というのはあまり意識し無くなったのですが、
命式通りに生きている人かどうかはかなり意識して見ていて、そういう人を選んで仲良くさせていただいています。

 

命式通りに、
あるいは命式に沿って生きている人は、
力みがなく、歪みがなく、
素っ頓狂に見えてもそこに芯があります。
そして、ただいま現在「何者でもない」ような人でも、いつかどこかで「只者ではない」ような人になりそうな気配があるように思います。

 

私もそんな人になりたいな、
きちんと命式に沿って生きていたいな、
と日頃から思っているわけですが、
そういう人の近くにいると、
背筋が伸びます。

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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