命式に星があっても縁がない場合 ※閲覧注意

※閲覧注意。子供の出生や結婚にかかるセンシティブな内容を含みます。

 

算命学では宿命通りに生きることによって運命が稼働すると考えるのですが、
この「宿命通り」というのは、親や兄弟、配偶者や子供など、「家族」との出会いや関係も含まれます。

 

自分が出会うべき「家族」というのは陰占の命式にきちんと現れており、
その現れている「家族」とは縁が強くて宿命通り、
現れていない「家族」とは縁が薄くて宿命通り、
ということになります。

 

例えば命式に配偶者の星がなければ、
星がないからといって「結婚できない」というわけではないですが、
敢えて結婚にこだわる必要もない人ですし、
正式な結婚に向かいにくい人でもあります。
あるいは親と疎遠であったとしても、命式に親の星がなければまぁそれが自然であったりもします。

 

しかしときどき、
「命式に表れているけれど、縁がない」とか、
「命式に星はあるけど拘るべきでない」
という場合もあります。

 

例えば、
子供の星があったとしても、
その星が中殺されていたり、
その星が対冲で壊されていたりすると、
その子供とは縁がなく順当、
うまくいかなくて順当、
子供をもうけない方が順当であることもあります。

 

世の中、
「結婚するのが当たり前」
「結婚したら子供を作るのが当たり前」、
そして、
「結婚すれば幸せ」
「子供ができたらさらに幸せ」と思っている人がたくさんいて、
それはそれで世界のまごうかたなき美しい一面を切り取った価値観ではあるとは思うのですが、それはあくまで「一面」であって「全面」ではなく、実際のところはそれに当てはまらない人も夫婦もたくさんいます。

 

野田聖子さんという政治家がおられます。

この方は日支に夫の星、子供の星があるのですが、
その日支が年支に対冲で壊されているので、本来は、
仕事が家庭を壊して当たり前、
結婚がうまくいかなくて当たり前、
子供ができなくて当たり前、
子供ができてもうまく育たなくて当たり前、
…な人です。
(対冲と書きましたが実際には天剋地冲をお持ちなので、子供や配偶者のことは葛藤の原因にもなります)

 

こういう方が、結婚に拘ったり無理矢理子供をもうけたりすると色々と歪みます。
本来、縁のないものに拘って手にしてしまうことで、他のバランスも崩れてしまいます。
(拘らず、また無理矢理、でなければ問題ありません。)

 

まぁ、たいていはそういう命式の方はもともと結婚や子供に拘らないのですが、
世の中の風潮やら世間体やら家族のプレッシャーやらで拘らざるを得なくなることもあったりします。

野田さんの場合は政治的主張なども絡んでいたので余計に拘らざるを得なくなったのかもしれません。

 

色々書きましたが、
自分の全き心の声に素直に生きていれば、
そうそう逸れたり歪んだり間違ったりすることはありません。
それがたとえ体裁が悪く、常識から外れていたとしても、本人自身はそこに満足も納得もすることができます。

 

こうしてみると、自分の拘りが、正しいものなのかどうか、命式でその答え合わせができる、ということもいえるかもしれません。

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Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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