『人が住するところは北方(子)高く南方(午)に低く、雨が降れば戊亥(北西))から辰巳(東南)に流れるをもって良しとする。
北は上座にて、南は下座なり。西に山ありで東に川あるをさらに良しとする。これ陽地なり。』
風水を少し調べてみたことのある方は聞いたことがある内容と思いますが、これはよくよく考えれば当たり前のことで、北が高く南が低ければ太陽の光は全体に行きわたるもの。
(南の方が高ければ、北にはまったく陽の光があたらないですね。)
また、戊亥(北西)から辰巳(東南)に水が流れるなら、山は北にあり南に川があれば水が健やかに流れていきますので、当然水捌けも良くなり、湿地とならず過ごしやすい場所となります。
『人の住居は気の中心である。戊亥に蔵を建てて不周風(10月の末から11月にかけて吹く寒気の強い風)を防ぎ、男は東に住し、女は西で働くべし。丑寅は神の位置にして跡取りの場とする。
南は団欒のところとし、主人の位置は天門戊亥とする。
人は辰巳から来訪し、戌亥の主人に対面する形を良しとする。
南の朱雀は北の玄武と対応し、西の白虎は東の青龍と対応して居住の気、大いに活きる。』
寒い風に晒される北西に面して住居を建てると、暖房家電のないような時代にはなかなか住みにくい場所になります。
よって、風除けに北西に蔵を立てるのはとても合理的です。
では、今のような暖房家電の備わった時代においては無視して良いかといえば、おそらくこれも一つの「坐気」のようなものがあって、どこか冷え冷えとする気が籠るように思いますので、やはり視野に入れた方が良いだろうと考えます。
「東に男が住む」というのは、東方が外向きのことに対峙する場であるからだろうと思います。
一方、西方は内向きのことに備える場所。よって、家計を守る女性は家の西側で働くのを良しとするということ。
役目と同じ方位の場所にいることによって、加わる力があるのだろうと思います。
「丑寅を跡取りの場所」というのは、本来跡取りの場所は「東宮」といわれるように東方ですが、より主人に近い場所ということで丑寅=東方、ということのよう。
神様の通り道なので、神様の目に恥じない在り方を試されるという意味もあるかもしれません。
本来、北が主人の場所であるところ、戊亥(北西)としているところと併せて考えると、陰陽五行の成り立ちまで遡る考え方に基づいているとも思われます。
(天の五行と地の五行は少しずれるので、それを加味しているのだろうということ。)
南北の玄武と朱雀、東西の清流と白虎は、「バランスを取る、一方向に偏った家相は望ましくない」とありますが、陰陽の二極をもって一元とする考え方による部分もあるのだろうと感じられました。
なお、なおこうした考え方に基づいて建てられている現在に残る建物には、仏教における寺院や江戸城をはじめとする日本の城などがあるそうです。
※『東洋の予知学』高尾義政著 を参考にしております。
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