金烏玉兎庵

「星通りに生きること」と財と官、大運天中殺の陽転の意味

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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※多少厳し目の内容です。

このところしつこく書いている「星通り」ということについて、それはどういう在り方か?という質問をいただいたので書いておきます。

 

「星通り」の基本的な在り方は、ひとまず以下の3つだろうと思います。

①天中殺の傾斜を消化する(環境や価値観、行動など)
※宿命中殺があればそれも含めて
②人体星図のそれぞれの星の位置と意味を消化する
③陰占の命式の位相法を消化する

 

実際にはまだまだいろいろありますが、一度に全部取り組んでも混乱するばかりなので、まずはその3つに取り組むことを推奨します。
というか、この3つを無視して他の要素に取り組んでも、あまり意味はないだろうと思うので、なをといってもまずこの3つが大事です。

 

3つというと簡単なようですが、これは、簡単なようで案外と難しいです。
内容自体はそれほど難しくはないのですが、それを実践する、習慣に取り入れる、自分の指針として寄り添って生きていく、というのが難しいと感じられることが多いようです。

 

そもそも、算命学を「占い」や「まじない」の類だと思っている人はそれほど真剣に取り組むことができませんし、
真面目に取り組む気持ちはあったとしても、
身強の人や木性の星が強い人は「自分の判断」で
我田引水に解釈し、コトを歪めてしまいがちです。
身弱の人や金性の星が刻されている場合はそれほど現実に執着しない(=ハングリーさがない)ので熱心に取り組むことは稀であったりもします。
(その意味では、偏りの強い命式だとそのたまりはスムーズかもしれません)

 

さらにいえば、
上記の①から③に取り組む前段階として、ある程度の財なり名誉なりを手にしていなければ、そこに進めないものでもあります。

 

これは見落とされがちな点なので注意が必要なのですが、

例えば、
お金を満足に持っていない人は「お金さえあれば幸せになれる」と考えますし、
学歴やステータスを満足に持っていない人は「学齢やステータスさえあれば幸せになれる」と考えます。

お金や学歴、ステータスというのは、決してそれだけで幸せになれるものではないのですが、
それを満足にもっていない人にはそれが分かりません。
なのでそこに執着し、自分の本質を生きるよりお金や学歴、ステータスを目指して血眼になります。

 

これは、マズローの5段階欲求において4段階(お金とステータスを手に入れるところ)までクリアしないと自己実現(5段階目)に向かえないのと同様で、自分がある程度満足できる程度のお金と学歴、ステータスを手に入れるまでは、上記3つに取り組むスタート地点に立つことも出来ない、ということです。

 

もう少し別の角度で書いておくと、
大運天中殺の陽転で手に入るのは財か名誉(あるいはその両方)のみだといわれます。
いわゆる「福禄寿官印」の禄と官だけ。

 

禄と官が手に入ればいいじゃないかと思う人もいそうですが、
雪崩のようにお金と名誉が降り注いできたとしても、そこに分かち合える友も幸せもなく、健康を害して短命で、知恵知性による充実もないとしたらどうでしょう?

 

禄と官というのは現実的な幸せの象徴です。
いってみれば精神的な充実や人間性の成熟とは対極の世界。
いってみれば、未熟な人間の世界です。

 

その未熟さに気づくための仕組みが大運天中殺の陽転で、その期間内に精神的成長を達成できればそこから上記3つに取り組めるようになりますが、達成できず、どこまでも財と名誉にだけ拘り続けると淘汰されます。

 

とりわけ、財の星がないのに財に拘るとか、
官の星がないのに名誉やステータスに拘るというのはとても不自然で、マズローの根源的欲求が満たされていない可能性が高いと思われるので、
できるだけ早くそれらについてある程度の満足を得て、あるいは足ることを知って、本来の宿命の道に立ち戻るのが良いだろうと思います。

 

なお、こうして書いてみたものの、
森羅万象の法則でいえば世の中で星通りに生きる人はせいぜい2割、その半分は陰転し、陽転するのは1割程度であるのが自然なので、私自身もこうして書きつつ敢えて「世の中のすべての人が実践する」のは難しいだろうと実は思っています。

 

少し厳しいようですが、「星通り」に生きるというのは、少なくともその取り組み始めの段階に至るまでは相応の覚悟が必要と思います。

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