金烏玉兎庵

好きなモノだけを選択するする

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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「イヤなことはやらない」
「キライな人とは付き合わない」
ということを徹底し始めて2年くらい経ちます。

きっかけはいろいろありますが、
①父の死で、人生には限りがあると認識したこと(どうでもいいことのために時間を使っている場合ではないと気づいたこと)。
②一般に「すごい」と言われる人と比較的身近に付き合ってみて、世の中にはお金持ちでもステータスが高くても驚くほど無益な人というのもいて(その逆も然りですが)、一般のモノサシに時間を費やすのは無意味だと認識したこと。

の2つが大きかったです。
まぁ、40歳の節目において、
これからは自分の人生を生きてもいいんじゃないかな?
と思ったというのもあります。

こうしたことについて、
けっこう歪みや問題が出てくることを覚悟していたのですが、
振り返ってみると、
歪みや問題はなし!
好きなものや欲しいもの、会いたい人から飛び込んでくる!
という世界に移行しました。
それも、ほぼノーアクションで、しかもとても健やかに。

恐らく、
自分にとって楽しいこととか好きなものにトンがっていると、
そこに人やモノや情報が集まってきて、
それ以外のモノは離れていく、
その結果として、心地よい世界が形成されたということなのだと思います。

 

一方で、私の周りは「みんな仲良く」をきちんと実践されている人がたくさんいます。

ご近所さんとのお付き合いや、
会社の同僚などとの関係、
あるいは、「ちょっとステータス高め」な印象のコミュニティ仲間などを含め、
人間関係もいろいろありますが、
基本的に、
「みんなで仲良くしましょう」と日本ではいわれますし、
うまく活用し仕事やお金につなげるためにせっかく作った人脈(といえるほどのつながりかは別にして)を、敢えて切りたくない人のほうが多いもの。
そうでなくても、
「狭い島国、角を立てずに少なくとも表面的には穏便に」ともいわれたりするのです。

その意味では、
きちんと「みんな仲良く」を実践される人というのはある意味「日本人の鏡🇯🇵」かもしれません。

 

しかし算命学的には、
そんなふうにみんなで仲良くすることが必ずしも奏功するとは限りません。

むしろ、
どんなに素晴らしい人であっても
全力で逃げ出したほうが良い相手や、
後生大事にキープしていた人が自分にとっては壊し屋だったとか、
あるいは、とても仲が良く信頼できる相手でも、
付き合うことで旦那さんを取られてしまうようなことになる友人というのもいるので、
必要に応じて距離を取り、
場合によっては絶縁してしまうほうが良いこともあります。

何か変だな?
と思ったら、とりあえず調べてみることをお勧めします。

一方で、
他人を犠牲することで成功する命式や、
その人といると溢れるようにインスピレーションを得られる関係、
同じチームにいると鼓舞され成果が上がりやすい関係などもあり、
逆から見れば、知っておくことで有効に活用できることもありますが、
場合によってはこうしたメリットが他人の不利益を前提にしていることもあるため、
使い方には覚悟が必要であったりします。

こうした「人を踏み台」にした効用やメリットを最大限に利用することに、普通の人は抵抗を感じたりします。
それは人間として道徳的・人格的には素晴らしいことですが、
自然の法則は人間のルールや常識とは別モノ。
森羅万象の仕組み、生態ピラミッドに見られる弱肉強食、食物連鎖の流れと同様であり、
自分が淘汰される相手もいれば、
自分が淘汰する相手もいる、というだけのこと。
このあたりは明確な視点の転換が必要なように思います。

 

ちなみに、
ちょっと自分に正直に生きていれば自然となんとなく分かるもので、
私の場合、あとで振り返って調べて「やっぱり!」と思うことの方が多いです。

一方、自然な感情を棚に上げて、
損得やメリットデメリット、社会的な常識を優先して物事を判断する習慣ができてしまっている場合、
気づいたらカモられる布陣に囲まれていた、ということもあるように思います。

人間は、それぞれの個性を世界に顕現させるために生まれるものなので、
自分の個性の本質に近づけば近づくほど、
いろんなことに気付きやすく、出会いやすくなります。

ということで、
好きなモノだけを選択することのススメでした。

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