金烏玉兎庵

万人共通のイベント

Photo by 五玄土 ORIENTO on Unsplash

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算命学にも、
小学校入学とか成人式みたいな、
万人共通のイベントがいくつかあります。

 

その中でも特に大事なのは、
30歳でめぐる年干支の納音と大運の5旬目(だいたい50〜60歳)でめぐる月干支の天剋地冲です。

 

30歳でめぐる年干支の納音は、
社会において、学びの段階から貢献の段階へ向かう転換点。
30歳までは社会において見聞を広め、様々な試行錯誤や経験を積み重ね、社会において自分の個性がどんなふうに展開できるのかを学んでいく時期で、
31歳からはその見聞や経験をもって自分の個性を研ぎ澄ませ、それを社会に役立たせていく必要があります。
孔子先生も、「30にして立つ」と言っていますが、そういうことです。

 

大運の5旬目は、
社会に貢献する方法が、その人に与えられている宿命を消化しているかが試されます。
宿命とまったく異なる世界で生きていると、
「その道はちがいますよ!」
とばかりに様々に苦悩することになります。
社会的に安定していても、
家庭が円満なようにあっても、
心は葛藤し、「これでいいのか?」という悩みに苛まされます。
その苦悩から己に気づき軌道修正することが促される時期なのですが、
その苦悩を無視していると淘汰の危機にあうことになります。

 

しばしば書いている、
「5旬で人生を見直せなければ、6 旬で淘汰される」
というあの言葉のとおり。

 

昔の人は、
だいたい子供の頃から奉公なり修行などをして、30歳を過ぎればだいたい暖簾分けなり独立なりをしていました。
30歳を過ぎて道が定まらないような場合、
まぁ多くの場合、「穀潰し」などといわれるろくでなしであっただろうと思います。

 

また、50代といえばパワフルに活動できる最後の時期。
いわゆる壮年期の仕上げの時期なので、
この時期、自分の人生ではなく他人の人生を生きていたら、それはもう、
「自分の人生を生きるつもりはないんですね」
ということになります。

50代前後で大病をされる人が多いのは、
単に老いとか不摂生の蓄積によるばかりでなく、
「きちんと自分の人生について考えましょうね」
という意味があります。

 

今年の年初の目標に、
40を過ぎた方が、
「会社の上司に認められますように」
というようなことを書かれていたのですが、
そういうことを考えるのは本来20代までであるべきで、
30代になったら、自分の軸をもってどう上司なり会社なりに貢献すべきかを考えるとか、
もっといえば、会社という枠を超えて、
自分が社会にどう貢献していくかという視点をもってあるべきだろうと思います。

そして30代ではその貢献方法に迷いがあったとしても、
50代ともなれば、自分に与えられた才能を健やかに発揮しつつ社会に貢献する道に向かっているのが正しいあり方と思います。

 

ちなみに、
自分を振り返れば、30歳までで様々な経験をして経済基盤を作ったところまでは順調でしたが、
そこで日和って安定企業に転職をしたことで、10年くらい停滞した感じがあります。
無駄ではないにせよ、
自分の人生という面では、そこに実りがあったとはちょっと言えない感じもあります。

 

よってつらつらと書きましたが、
決して偉そうなことをいえる立場にあるわけでもありません。
が、私の場合は父の死をもって自分の人生を考え直し、向かう道を再考するきっかけを得たので、父に報いるためにも、
5旬目には、きちんと「これが私の道!」といえる道を歩んでいられるように精進しようと思います。

同じようなことを何度か書いている気もしますが、自戒の意味も込めて改めて書いてみました。

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